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海洋深層水の生成

 海洋深層水の富栄養性、清浄性、低水温性、水質安定性などの特性はどのようにしてつくられるのでしょうか。図1に海洋深層水の諸特性の生成過程の模式を示します。
 太陽の光が十分に存在する補償深度より浅いところの海水、いわゆる海の表層水では、植物プランクトンなどの植物が光合成により有機物を生産しています。これらの有機物は「食物連鎖」を通して自ら有機物をつくれない動物へと移動します。これら動・植物の遺骸や代謝産物の有機物はバクテリア(微生物)によって分解・無機化され、再び植物に利用されることになります。また、表層水はこのような生物の営みとともに、気象、降水、海流や潮流そして人間活動の影響を受けているので、その水質は周年的にも大きく変動し、水質の汚濁も進行しています。
 一方、有機物の一部は、バクテリアの分解を受けながら太陽の光が少ない補償深度以深に沈降していきます。また冬季に冷却され海水密度が大きくなり重くなった表層水の沈降によっても、有機物は補償深度以深の深層に運ばれています。
 深層に運ばれたこれらの有機物は、バクテリアによって分解・無機化され、窒素やリンなどの無機の元素として再び海水中に溶出します。ここでは光合成が行われないのでこれらの元素は消費されず、だんだんと海水中に蓄積され、豊富になっていきます。そして大部分の有機物は生物に由来しているので、溶出するこれらの元素の組成比率は、生物体を構成する元素の組成比率に近い値を示します(富栄養性の生成)。
 分解性の有機物やその濃度は、バクテリアの分解作用をはじめとして海水の沈降や移流・拡散などの物理的な希釈効果、いわゆる自然の浄化作用によって深さとともに減少していきます。そして海洋深層水の水質は微生物学的にも物理・化学的にも安定した無機的で清浄な海水となります(水質安定性)。したがって、有機物を必要とする有害細菌や病原菌などの微生物も少なくなります。環境ホルモン(内分泌かく乱物質)などの人工汚染物質が少なくなる理由も同じよう様なメカニズムです(清浄性の生成)。
 深層の海水が低水温であるのは、高緯度の寒帯海域や温帯海域の冬季に冷却された表層水の沈降に起因しています。そして表層水は太陽熱によって暖められやすいのですが、深くなるほど熱が伝わりにくいので海水の温度も低くなっています(低水温性の生成)。
 わが国の周辺海域では、日本海の250m以深に水温1℃以下の「日本海固有水」とよばれる冷たい水塊が分布しており、これはウラジオストック沖合海域の表層水が冷却され、沈降して出来たものです。一方、太平洋側には水深300〜800mに北太平洋の亜寒帯海域の表層水が冷却され、沈降してできた「北太平洋中層水」、また1,000m以深にはグリーンランド沖合海域や南極のウェッデル海域の表層水が冷却・沈降し、熱塩循環によってインド洋を経由して、太平洋に流れ込んでいる「太平洋深層水」とよばれる冷たい水塊も存在しています注1)
 海洋深層水は風や流れなどの作用によって補償深度以浅の表層に上昇することがあります。このような場所は湧昇海域と呼ばれています。ここでは深層から豊富な栄養塩が供給されるので植物プランクトンが活発に増殖し、食物連鎖を通して最終的には良い漁場が形成されます。そして海水の水質も表層水へと再び変質していきます。
 このように海洋深層水の富栄養性、清浄性、低水温性、そして水質安定性は、生物(とくに微生物)、物理、化学的な作用によって生成されています。また、沈降や湧昇などによる海水の循環のなかで、海洋深層水は絶えることなく再生されています。
 つまり、海洋深層水やその諸特性は「太陽光をエネルギー源とする物質循環系」という自然の営みのなかで生成されています。清浄性は優れた培養・飼育水として、またいろいろな製品の原材料として、富栄養性は肥料や補助栄養物として、低水温性はエネルギー生産の冷媒源として活用できます。換言すれば、海洋深層水は資源として多くの価値をもっているといえます。そして上手に活用すれば枯渇の心配がない再生・循環するクリーンな大型資源ということができます。

参考文献
中島敏光(2002年):「21世紀の循環型資源・海洋深層水の利用」、緑書房、79−85頁.
中島敏光(2004年):「資源と環境のはなし」、日本海水学会編、39−42頁.



注1):海水資源利用の分野であつかう補償深度より深い「海洋深層水」(海洋深層水の定義の項を参照)と海洋物理学の学術分野であつかう1,000m以深の「深層水」には、その目的や深さに明確な違いがあり、誤解や混乱がないように注意する必要があります。また、富栄養性、清浄性、低水温性そして水質安定性等の海洋深層水の「資源性の生成」と海洋物理学的な「水塊の生成」との混乱がないように注意する必要もあります。 本文に戻る